京都府八幡市、京田辺市を桜と神社・寺院とラーン15ヶ所詰め込みまくりツーリング #11

2025年4月8日、ちょうど桜が開花したタイミングで京都府南部の八幡市(やわたし)と京田辺市(きょうたなべし)の有名な神社と寺院を巡る途中で桜の名所や桜の撮影スポット、それとラーメン店の合計15ヶ所すべてを無事に巡れる事が出来るのか? 

京都市の南部で大阪府と接していて奈良市と京都市の中間地点に位置するエリアなのでこの周辺は歴史的に面白いエリアです



ではスタート
ちょうど登校時間に走っていたので、ピカピカの一年生がお兄さんとお姉さんとの間で列に並んで歩いている姿が微笑ましい

石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)

最初は、全国的にも有名な石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)、日本で一番多い神社が八幡神社でその礎となったのがこの石清水八幡宮なんです、貴族社会だった当時に武家社会を最初に切り開いた源義家、別名八幡太郎義家がここ石清水八幡宮で出家して後に鎌倉幕府を開いた源頼朝や室町幕府を開いた足利尊氏などの祖先になります、だから大名などがあやかりたいと八幡さんを信仰したんですね、また八幡市の名前の由来も石清水八幡宮からになりますね
ご利益は厄除けや勝運ですね、天下を取った神社なので勝負運がアップしそうです

一番奥の駐車場に桜がきれいに咲いてます、最初は一番奥まで行けないと思っていたのですが、スロープを登っていきます

駐車場の周辺に桜がきれいに咲いてました

長い参道を進んで

国宝の本殿

境内にエジソン記念碑がありました、白色電球に竹でフィラメントを作るのが良いと分かり世界中の竹を集めた結果この周辺の竹が選ばれました、関西ではまあまあ有名な逸話ですがここに碑があるのは知りませんでした

御朱印


絲杉山 神應寺(じんのうじ)

山の上に鎮座している石清水八幡宮の麓に神応寺が所在しています、僧侶・行教が宇佐神宮(八幡神社の総本宮)より八幡大神を勧請し、その翌年の貞観2年(860年)に八幡宮社殿が造営され、これに伴い神應寺も創建された経緯があるので一緒に参拝します

ご利益は、石清水八幡宮と同じ厄除けになります

石清水八幡宮のある男山を降りて石清水八幡宮駅前の鳥居の横を通って細い道の突き当り鳥居の前にバイク駐輪場がありました

駐車場から少し戻って山門から入山

少し急な階段を登っていきます

境内はそんなに広くはありません、なんか落ち着いた雰囲気が心地よい

画像の手間の石は、淀君茶室の庭石が置かれてました、豊臣秀吉や千利休、当時の戦国大名もこの石を眺めていたかもしれませんね

本堂、この後隣接している高良神社と頓宮も徒歩で参拝するので賽銭に駐車代分多めにお納めさせてもらいました

住職さんは不在だったので御朱印はなし

帰りに石清水八幡宮の鳥居で相棒を一枚


高良神社(こうらじんじゃ)

貞観3年(861)に石清水八幡宮を勧請した行教によって創建された歴史ある神社で、吉田兼好の徒然草の中に高良神社を石清水八幡宮と勘違いして帰っていくと言う話が納られている

ご利益は厄除けになります

鳥居の先は、階段になっていて先が見えないけど、石清水八幡宮と間違えるくらい立派な拝殿や本殿があると思い進むと

思ったよりも境内は小さく、本殿も石清水八幡宮と間違えるような造りでは無かった、昔はもっと立派なお社だったのかな?

舞殿みたいなのがあったので、奉納の舞みたいなのが行われているのかもしれないですね

地元の氏神さまとして大切にされているようです、石清水八幡宮は武士の為なので庶民はこちらを大切にしていたのかな?


頓宮(とんぐう)

石清水八幡宮にて年に一度重儀が斎行される社殿

Googleマップではぐるっと回ってますが、鳥居の眼の前に頓宮が鎮座されてます

年に一回だけの社殿の門にしては立派すぎる、全国の武家からの寄付ががっぽりあったんでしょうね

重厚感のあるお社です

回廊になっていて一本の桜がきれいに咲いてました


石清水八幡宮 五輪塔

神応寺、高良神社、頓宮のちょうど真ん中辺りに日本最大級の五輪塔が立ってます
インドの思想から五大とは地水火風空を表して、形を四角、円、三角、半円、宝珠型で表現した墓標や記念塔で簡素化して庶民化したのが現在のお墓の形と言われてます、世界的に唯一無二なお墓の形はインド経由だったんですね

高良神社の本殿裏の草むらを通って行けました

飛行神社(ひこうじんじゃ)

名前の通り、航空に関する安全や発展を祈願する神社で、大正4年(1915)【日本の航空機の父】と言われた二宮忠八により創建された神社

ご利益は航空安全、旅の安全、そして運気上昇(飛躍)

駐車場は建物の1階で屋内駐車場でした

金属の鳥居がちょっと違和感がありますね、でも意図は理解出来るしありだと思いました

本殿の第一御祭神は饒速日命(にぎはやひのみこと)、ニニギノミコトよりも先に天孫降臨していた神様で磐船(いわふね)に乗って天から降りてこられてた磐船神社が15kmほどの距離に鎮座されてます、最初に乗り物に乗って空を飛んだのでぴったりな神様ですね

ちょっと反射して見にくいですがエンジンが展示されてました、資料館もありましたが飛行機には興味ないので入館してません

御朱印


相槌神社(あいつちじんじゃ)

話に対して返事や頷いたりする相づちではなく、刀鍛冶が刀を打つ時に持っている道具の相槌ですね、相槌を打つって言うから刀鍛冶が語源ぽいですね、武家社会の象徴である石清水八幡宮のすぐ近くなのも武士と刀の関係からの必然だったのでしょうか、しかし御祭神は宇迦之御魂(うかのみたま)で伏見稲荷大社の神様と一緒で五穀豊穣の神さまが、どうして刀の神さまになったんしょうかね?

ご利益は立身出世 心願成就 厄除 開運(悪縁切払)、行き詰まった時に道が切り開けそうですね

小さいお社です、油断していたら通り過ぎそうな佇まいです

山ノ井戸、八幡五水として知られた井戸と書かれてます、岩清水なので清らかのお水なのでしょう

井戸は相槌弁財天として祀られてますね

石清水八幡宮への参道への階段が伸びてます


善法律寺(ぜんぽうりつじ)

石清水八幡宮社務善法律寺宮清が東大寺の上人に帰依して私宅を寺にした事に始まるお寺で御本尊が八幡大菩薩なので、こちらのお寺も石清水八幡宮との関係が深いですね、足利義満が善法寺家から生まれてるので将軍家や武士が訪れていたんでしょうね

ご利益は、石清水八幡宮と同じ厄除けですね

落ち着いたいい感じのお庭

本堂、御本尊様は八幡大菩薩

駐車場は、撮り忘れてたけど寺の隣にそこそこ広いスペースがありました


大坪の桜並

川沿いの土手にきれいな桜が咲いてました


酬恩庵 一休寺(しゅうおんあん いっきゅう)

アニメで知っている一休さんのお寺です、最近は再放送してないから知らない子供も多いかも、余談ですが20年ほど前にタイの北部へ行った時の夕方現地人しか居ない食堂で食事としていると日本語で「♪好き好き好き、、、一休さん」と一休さんのオープニングの歌がTVから聞こえてきました、セリフはタイ語でしたが仏教繋がりでタイ人も一休さんを知っていると思います

ご利益は智慧(ちえ)・合格祈願です、とんちの一休さんですから知力アップですね

境内はかなり広いです、現在地は左下の門

少し進むと入山料が必要です、すぐ先にあるのが一休禅師墓所があります

説明文には、八十八歳の長寿だった、後小松天皇の皇子だったので宮内庁が管理しているとある、アニメで将軍様と面識があり、護衛か監視役のお侍さんのしんえもんさんが側に居る、その後調べたら母上さまは藤原氏の出身で、宮中に仕える女官で産後に嵯峨野の地蔵院に住んだって事実からの設定だったんですね、ちょっと軽い衝撃でした

受付の先に逸話で出てくる虎の屏風絵がありました

枯山水やお庭がきれいです

少し離れた場所に1450年建立の本堂

池の周りに桜がきれいに咲いてました

駐車場も少し桜が咲いてました

京田辺塩元帥

昼だったので6人ほど待ってましたが10分ほどで入れました

鶏ガラに魚介の風味と柚子の爽やかの香りに何かの香油の香りと風味がプラスされていて、見た目はあっさりしてるように見えるけど、味と出汁は濃いめですね
個人的には味がちょっと詰め込み過ぎな感じで、もうちょっとすっきりしていた方が好きです、あくまで個人の正直な意見です、がっつりしたお味が好きな人には良さそうです


柳ケ町さくら公園

さくら公園となってるように周囲に桜が咲いてました

開運山 寿宝寺(じゅほうじ)

寺伝では704年創建とかなりの歴史があるお寺でご本尊様は千手観音立像(重要文化財)で実際に千の手を持つ珍しい観音さま

ご利益ははっきりと書かれてないですが開運山ってなってるくらいなので開運でしょうね、千手観世音菩薩さまなのでだいたいのお願いは受け取って頂けそうです

本堂、暗くて中が良く見えなかった

事務所、誰かいらっしゃったら千手観音立像を拝見させて頂けるようなのだが不在でした、日頃の行いが良くないようですね


観音寺(普賢寺)かんのんじ・ふげんじ

天武天皇の時代に創建されたと伝えられている歴史ある古寺で、ご本尊様は国宝十一面観世観音菩薩で予約すれば拝見することが出来るようです

ご利益は、十一面観世観音菩薩さまなので無病息災、病気平癒と思います

参道には桜がきれいに咲いてます

境内の桜はもう少しって感じでした

本堂

参道に脇にはきれいな菜の花畑

前の道が家康公伊賀越の道ではないかと言われてます


棚倉孫神社(たなくらひこじんじゃ)

HPに神社紀によると、推古(すいこ)天皇31年(623年)9月に相楽郡の棚倉ノ庄より高倉下命(たかくらじのみこと)を勧請するとある。と書かれてます、現在JR棚倉駅の辺りでここから7km程南に辺りに神社があったようですね
御祭神の高倉下命は、飛行神社にお祀りされている饒速日命(にぎはやひのみこと)の子で神武東征の時ピンチで布都御魂(ふつのみたま)と言う霊剣を渡して逆転した神様

ご利益は、子宝と厄除け、刀の神さまなので悪いことは断ち切って、いい道を切り開いてくれそうです

境内に松寿院跡(しょうじゅいんあと)の看板があり、棚倉孫神社は元天神宮だったと書かれてますね、饒速日命は物部氏の祖先で蘇我氏との対立で負けた経緯があるので紆余曲折の結果で菅原道真公はこの辺りを行ったり来たりしていた事もあって人気だった天神さんになったんじゃないかなって勝手に推測してます

手水舎が消毒液になってました

拝殿

本殿

天神さんの名残もありました

瑞饋神輿(ずいきみこし)京都の北野天満宮などで秋の豊作を感謝し、屋根を里芋の茎(ずいき)で葺き、野菜や乾物で装飾した神輿

社務所は不在でした

本当なら一休寺の後に参拝する予定でしたが、Googleマップの設定を間違えていたのか飛ばしてしまったのかで最後になりました

京都府八幡市と京田辺市の桜を巡りながら神社寺院詰め込みまくりツーリングは以上です、ちょっと順番を間違えて棚倉孫神社が最後になってしまいました
京都でもあまりメジャーなエリアでは無いのですが、奈良時代から平安時代にかけては奈良と京都のちょうど中間地点で重要なエリアだったので歴史深いエリアです